悩む。いろいろ悩む。たまに病む。

金沢大学修士2年物質化学専攻。#有機化学 #国際協力 #ソーシャルビジネス #双極性障害 #休学 #パラレルキャリア

『与えることのできる幸せ』という概念から自分のソーシャル思考性を考える。

f:id:futafuta0637:20171120212356j:plain

こんにちは。

僕は医療系NPO団体にプロボノとして関わっていたり、

わざわざ休学して、人権系NPO団体にインターンしたりと、

いわゆる社会貢献への意識が高いソーシャル系人材です。

 

今回は僕がなぜ、社会貢献に意義を見出しているのかについて考えてみました。

目的は自分の思考の整理にあるのですが、よかったらお付き合いください。

そしてよかったらご意見をください。

ツッコミどころは多いと思います笑

 

目次

◼<自分史>自分の存在意義が見出せなかった中高時代

◼<自分史>人に与える喜びを知った大学時代

◼『与えることのできる幸せ』という概念

◼『与えることのできる幸せ』という観念でみたソーシャルセクター

◼結論

 

◼<自分史>-自分の存在意義が見出せなかった中高時代

本題に入る前に少し自分の過去を振り返ります。

僕の中高時代はそれはもう楽しくなかったです笑

このイラストのまんまです。

f:id:futafuta0637:20171120212520p:plain

自分がクラスに必要な存在なのか?

なんで今ここにいるのか?

なんのために生きているのか?そんなことを考えて、一人自分の殻に閉じこもっていました。

 

◼<自分史>-ちょっぴり充実しはじめた大学時代

大学時代といっても最初の頃は高校時代の延長戦上にあってあまり楽しい日々は送れていなかったです。

しかし、あるきっかけで目標を持つようになってから、それまでと打って変わって急に行動的になることができ、生活も充実し始めました。

 

自分の目標に向けての行動をするようになり、同時になんとなく気づいたら発現していた特性が、「人と人をつなぐ特性」です。

おそらく最初は虚栄心の塊から人脈をひけらかすことが目的で始まったんじゃないかと思うのですが、自分が行動を起こすことで人と人とが出会い、

プロジェクトが進んだり、人の意欲が見違えたりとポジティブな効果を生み出されていく過程を見るのが嬉しくてついついお節介を焼いてしまうようになりました。

自分の好奇心からやっていることなのであまり褒められた者ではないのですが、

『人に対して自分が何かをする。→ポジティブな効果が生まれる。』

ということに喜びを感じ、ちょっぴり充実感を得ることができ始めました。

 

 

◼『与えることのできる幸せ』という概念

いよいよ本題に入っていきます。

今回最も言いたいことがこちらの考え方。

人は他人に何かを与えることで幸せを感じることができる」というものです。

 

私たちは生まれてから約20年間親から無償の愛を受け、

誰かに「してもらう幸せ」を感じて生きてきました。

成長につれて、少しずつ「自分でできる幸せ」も感じ始めて、生きてきました。

そして最終的に、「何かを与える幸せ」を感じることができるようになります。

 

というものです。

TEDトークの動画をみて最近知りました。

ソースはこちらです。よかったらご覧ください。(日本語です笑)

 

 


時間という財産: Hidetaka Nagaoka at TEDxSaku

 

人に与えることのできる幸せ。

(動画では「人にしてあげる幸せ」)

すごく共感しました。

今まで自分が感じてきた喜びはこれなんだとストンと落ちました。

 

まして、僕は過去に

人にうまく触れ合うことができず、

自分の価値も分からず、

存在意義も分からず、

それでも相手に認めて欲しい・・・

 

そんなことを考えてきた人間であるので

人に何かを与えられるような人間になれたという喜びと

それによって存在意義を感じられることは

それはもう本当に大きな喜びになったのだろうと思います。

 

動画では人生を100年と仮定したときに

「人に与えることのできる」期間はたったの13年と4ヶ月と述べていました。

この限られた期間をいかに充実させるかについて以下の章に続きます。

 

◼『与えることのできる幸せ』という観念でみたソーシャルセクター

ソーシャルセクターをネットで調べてみると、

企業や政府、行政に並ぶ第3の存在なんだそうです。

 

ソーシャルセクターの団体は企業や行政では対応しきれない社会的ニーズに対して行動します。社会的ニーズとは、貧困や格差の拡大、気候変動、環境破壊などが挙げられます。

 

僕の場合はこのソーシャルセクターが解決を担う領域の中でも「人」が対象になっている問題に関心が高いです。

ソーシャル団体が行う活動は世の中から取り残された人たちに手を差し伸べる活動が多いような気がしています。

つまり助けを必要としている人、ニーズがはっきりわかっている人を対象にしています。

そのため彼らに『与える』行動を起こすことは、必要とされていることがわかっている分、大きな幸せを感じることができるかもしれないわけです。

(そう単純でもないかもしれませんが・・)

 

例えば、途上国の貧困地域に生まれ育った少年に教育を与えることを想定してみます。

 

自分と出会ったことでその少年が前を向き、努力する楽しさを覚え、可能生を掴み、

人生が大きく変わるかもしれません。

そしてその少年が成長して、今度は別のだれかに何かを与えていく・・・

こんなことが起きたら胸が熱くなりませんか?

 

限られた13年と4ヶ月を誰のために使いたいかと考えたときに、

自分を必要としてくれている人や、

圧倒的に困難な状況の人に使いたいと僕は思います。

その上で、自分の行動で他人の人生を前向きに大きく変えられる度合い、インパクトの大きさに僕はソーシャルセクターの魅力を感じます。

 

また、僕はこういう国際協力や社会貢献活動は、誰かのためにやっている活動ではあるけれど、その本質は自分のために行っている活動だと思っています。

それは自己満足といわれれば、自己満足かもしれないですし、それはそれでいいと思っています。

 

人は主観的にしか物を見れないので、本当の意味で他者が必要としているかどうかなんて分かりません。本当の意味で満足しているかどうかなんて分かりません。

(もちろん分かろうとする努力は大切です。)

だからこそ、例え自己満足でも、与えるという行動に対して喜びを感じ、

自分の人生を幸福にするために、他人のための行動をしても良いのではないでしょうか?

 

◼結論

・僕は過去の経験から自分が与える側に立つ喜びを最も求めていた。

・それを感じられる可能性の高いソーシャルセクターに必然的に魅力を感じた。

・今の僕は自分の幸福のために、他人のための行動を行っている。

 

長々とありがとうございました。