悩む。いろいろ悩む。たまに病む。

見栄とか世間体とか承認欲求とか

理不尽は正すべきか?受け入れるべきか?

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こんにちは。

先日、有機化学協会関西支部支部長で株式会社クレールの山本さんという方を訪ねて、

お話をさせていただく機会を得ることができました。

キャリアについてとても勉強になったのですが、本日はそこから学んだことの一つ。

『理不尽』なことへの対処方法について触れたいと思います。

 

まず、これは僕にとって現在進行形の悩みです。

人によって態度を変える教員に冷たく当たられていて困ってます(笑)

*大学教員は教育者というより研究者なのでまともな人間は少ないと感じています。

 

で、それについて僕は本気で悩み、ガチガチに理論武装して、理不尽な行動を指摘した意見書を本人に突き付けようとしていました。(笑)

 

結局今は山本さんへの相談を経て、本人に突きつけるのはやめようと思っています。

以下教えていただいた考え方について触れていきます。

 

まず、理不尽に対しての対処法は2択です。

1.理不尽に立ち向かう

2.理不尽を受け入れ、穏便にことが運ぶように努力する

 

僕は1の行動をしがちです。

1の行動ができる人間は周りに流されることなく、自分の意見を言える人材です。

そういう人がいれば、日産やスバルのような事件は未然に防げたかもしれません。

一方で世の中は理不尽だらけです。

いちいち噛みついていたら身が持ちません。

また、世の中は多面的です。

Aの視点から見れば理不尽でも、BやCの視点から見れば整合性がとれていることなんて山ほどあります。

そこで、有効なのが2の理不尽を受け入れるという行為です。

僕は理不尽を感じながら、その不満を飲み込んで、穏便に済ませようと我慢できる人間は本当に大人だと思います。

今回の教員によるミニアカハラのケースも飲み込んで我慢するのも良い選択肢の一つなのでしょう。実際、社会に出て理不尽に出会った時の予行練習だと思えば、この状況からもたくさんのことが学べます。

しかし、そうやって全ての理不尽を飲み込んでいたら社会はおかしな方向に進みかねません。大人になることが正解というのもちょっと違うなという感じです。

 

なので、少しの子供を残しつつ、基本は大人になるというのが理想の形だと思ってます。

つまりは、基本は理不尽を受け入れる。でも、著しくアウトの場合は理不尽を正す。

その線引きは各々が自分の中に持つ。

そのラインの高さは経験によって微調整させていく。

 

まあ当たり前といえば当たり前な内容かもしれませんが。

同じ理不尽を正すという行為でも、反射的に反応してしまうのと、

一度心にしまって見極めをしてから行動するのとでは全然違うということを学びました。

 

また、理不尽を正しにいく場合には、相手との関係性も重要になってきます。

関係性のない相手にいくら言っても響かないことが多く、却って悪化させてしまうことが多いそうです。

 

今回その教員と僕は関係性が構築できていません。

そのため、直接ぶつけることはやめようという考えに至りました。

 

世の中からアカハラの撲滅する日を願って。

以上です。ありがとうございました。