〜making an eyelid having a fold 〜二重をつくる一重の記録

金沢大学修士2年物質化学専攻。#有機化学 #国際協力 #ソーシャルビジネス #双極性障害 #休学 #パラレルキャリア

鬱と解放のはなし

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 こんにちは。

 

今日は鬱病とそれがもたらすポジティブな影響について書きます。

 

僕は鬱病を2度経験しています。

正確には双極性障害Ⅱ型という病気で、現在も薬を毎日飲んでいます。

鬱病には完治という言葉はなく、症状が現れない状態のことを寛解といいます。なので今僕は寛解の状態です。)

 

決して不幸自慢をしたいわけではありません。

目的は、世の中の鬱病=この世の終わりみたいな風潮に苦言を呈することです。

 

鬱病なんて最悪だ!』

『ただただ闇しかない!』

という世の中にはびこる考えに対して、

いやいや違うよ。良いことだってあるよ。

ということを言いたいわけです。

 

ただしあくまで自分の体験からしか言えないので、

軽度の鬱病には限ります。

 

以下3部構成です。

鬱病の状態とは?

鬱病体験がもたらしたもの

鬱病が認められる世の中へ

 

 

鬱病の状態とは?

厚生労働省鬱病の状態について以下のように述べています。

眠れない、食欲がない、一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといったことが続いている場合、うつ病の可能性があります。うつ病は、精神的ストレスや身体的ストレスが重なることなど、様々な理由から脳の機能障害が起きている状態です。脳がうまく働いてくれないので、ものの見方が否定的になり、自分がダメな人間だと感じてしまいます。そのため普段なら乗り越えられるストレスも、よりつらく感じられるという、悪循環が起きてきます。

 

自分の場合は

この世から消えたくなりました。

自分が自分じゃない感覚も覚えました。

激しく自分で自分を攻撃して、自分の悪いところ以外何も考えられなくなりました。

起きているのが辛くなり、1日20時間とか普通に寝て過ごすようになりました。

頭が回らなくなり、文章が読めなくなりました。

 

だいたいこんな感じです。

 

ちなみに『消えたい』と『死にたい』は若干違うと考えています。

僕の場合は『消えたい』でした。

『死ぬ』は自分がこの世からいなくなることです。

『消える』は自分という存在がなくなることです。

どういうことかというと、死んでもその事実や自分のことは周りの人に記憶されます。

しかし、消えることができたら自分という存在を周りの人に忘れてもらうことができます。

とにかく自分という存在=悪になっていたので、それゆえに『消えたい』。

存在自体を抹消したかったというわけです。

 

そんな鬱病

自分の場合は極力何もせず、ただひたすらだらだら過ごすことで2ヶ月くらいかけてまともな状態まで持っていくことができました。

やはり十分な休息をとるということが大事だったという話です。

 

鬱病体験がもたらしたもの

ちょーネガティブな鬱病体験でしたが、前述の通り今はポジティブに捉えています。

鬱病になって良かったわ〜とまではいかないものの、

鬱病によって今の自分がある!とは思っています。

 

鬱病は「精神と時の部屋」に例えられると思ってます。

*ちなみにドラゴンボールは読んだことありません。

 

鬱病期間、時間の流れは人と違って感じられますし、

その間ひたすら自分を責め続けるので、自分の弱さ、欠点とひたすら向き合います。

そして自分の弱さや欠点を認め、それはそれでしょうがないんじゃないか、と悟りだすと症状が改善していきます。さらにはその自分の弱さは実は表裏一体で自分の強みでもあるということに気づくと視界が圧倒的に開けていきます。

 

鬱病を経て身につけたこの『悟り』はある意味最強です。

・人の失敗にめちゃくちゃ寛容になれます。

・自分の強み弱みの把握、自分の限界の把握ができているため、たとえ失敗してもそれによって生じる精神的負荷が減ります。

・圧倒的どん底を経験しているので、大抵のことは楽観視できるようになり、謎の余裕が生まれます。

 

そもそも鬱病は真面目で責任感の強いストイックタイプの人間がなることが多いと言われています。研鑽に研鑽を積み、自分を追い込みすぎたあげく、鬱病になってしまうわけです。

しかしその鬱病という高い山を超えることができれば元から備わっている頑張れる特性に、新たなマインドが負荷され、すばらしい景色を眺めることができるようになります。

 

 

ちなみにこの悟りが不完全だったので僕の場合は鬱病を2度もやってしまったのだと思っています。そして、また今後再発するようなことがあれば、それはおそらく悟り不足が原因でしょう笑

 

鬱病が認められる世の中へ

個人的に鬱病には自分の人生を豊かにする側面があると思っています。

実際鬱病の体験を、良かった、自分を成長できる機会になったとSNSを通じて発信している人もちらほら見かけるようになりました。

 

しかしまだまだ、世間一般に鬱病のポジティブ面が認知されるには時間がかかるなと思います。

そもそも認知されるのかなとも疑問に思っています。

 

特に割と気軽に鬱病の話をしてしまったときには、

周りの人が固まることが多く、

そういう時に鬱病は触れてはいけないもの、

「鬱=闇」が世の中の一般的なんだなと感じます。

 

現在進行系で鬱病の人の精神的辛さを和らげるためにも、

鬱病を経験した人が胸をはって生きていけるようになるためにも

社会が鬱病の良い面にも光をあてる必要があると僕は考えています。

 

 

鬱病は再発リスクも高く、

雇う側の人間が働けなくなる可能性のある人材をさけることは当然だとも思うのですが、

社会全体で鬱病をもっとフラットに捉える環境ができないものかとも思います。

 

そんな社会の実現を願ってやまないです。

 

◼まとめ

鬱病は確かに辛い。死ぬほど辛い。

・その辛さを超えた先に新しい自分が待っている。

鬱病の光の部分をもっと社会が認めて欲しい。

 

長々とお付き合いいただきありがとうございました。